大判例

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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)314号 判決 1975年12月25日

控訴人

力丸ダム観光開発株式会社

右代表者

森武雄

右訴訟代理人

山中唯二

外一名

被控訴人

川原延之

被控訴人

川原美智子

右両名訴訟代理人

上田国広

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人川原延之に対し金一五三万六、四六二円、被控訴人川原美智子に対し金一四六万一、四六二円及び右各金員に対する昭和四七年八月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の、その四を被控訴人らの各負担とする。

この判決第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

<証拠略>

理由

一昭和四七年八月六日午後〇時三〇分ころ、福岡県鞍手郡若宮町力丸ダム所在の控訴人が経営管理する本件プールにおいて、被控訴人ら間の二男健吾(当時五才)が死亡したことは当事者間に争いがなく、後記認定の亡健吾が本件プールから救出された前後の状況、<証拠>を合せ考えると、その死因は本件プールでの溺死と認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  本件プールは、控訴人が家族向の大人も小人も泳ぐ遊泳場として設けたものであつて、本件事故におけるその構造は、長さが南北に一一〇メートル、幅が東西に平均二三メートル(最も狭い南側が約一三メートル、北側で約一五メートル、中央よりやや北側の最も広いところで約三〇メートル)で面積は二、五〇〇平方メートルあり、水深は南側が最も浅くて五〇センチメートル、それから西北側に設置されていた後記飛込台周辺へ向けて漸次深さを増し、南側から三分の二のところあたりまでは八〇センチメートル、飛込台の真下は八メートル四方が1.6メートル、その周囲が1.3メートルあつたものであり、南側最浅部には子供用スベリ台、北側には大人用のスベリ台、西北側には飛込台が設置されていたこと。

そして浅い部分と深い部分との間には、その往来を遮る設備は全くなされておらず、ただ危険区域として西側の水深が八〇センチメートルを超える辺りから北の部分のプールサイドまでが指定され、立入禁止の表示がなされるとともに、右部分のプールサイドに高さ約六〇センチメートルの鉄パイプの手摺が設置され、右手摺の南端とその西側の崖との間にロープ一本が張られていたが、右ロープを潜り抜けて右危険区域に立入ることもまた右手摺を潜り抜けてプール内に入ることも容易な状況にあつたこと。

2  控訴人は、本件プールが大人ばかりでなく全く泳ぐことのできない幼児をも入場の対象としているものであり、かつ昭和四三年八月二五日幼児の溺死事故があつたこともあつて、その安全対策に一応は意を用い、本件事故当日も、水深一二メートルとなる線の近くに赤い旗約六本を立ててそれより飛込台側への危険の表示をし、その旗の線の中央よりいくらか南西寄に監視台を設け、アルバイト学生六人をしてその監視に当らせるとともに、すくなくとも開場から間もなくの午前九時過ころと一一時半ころの二回は、場内放送を通じ危険の防止を呼びかけたこと。

3  被控訴人夫婦は、長男(当時七才)、二男亡健吾、三男(当時四才)の三名(いずれも当時泳ぐことはできなかつた。)の子供を伴い、本件事故当日の午前一二時少し前本件プールに到着したのであるが、当日は日曜日で水泳客は多く既に六〇〇名を超える混雑振りで早速着換えてプールに入り、親子五人子供用スベリ台附近で遊び始めた。ところが間もなく被控訴人の延之は子供三人の監視を被控訴人美智子に托し、浮袋を借りるためにその場を離れた。その後亡健吾は兄と二人でスベリ台を登つては辷つて遊んでいたが、被控訴人美智子が目を放した隙に見当らなくなつたこと。被控訴人美智子が亡健吾がいなくなつたことに気付いた丁度その時、被控訴人延之は浮袋を借りてスベリ台の近くに戻つてき、亡健吾を探し始めたこと。

4  他方訴外熊野泰裕は、町内の子供会の子供達を引率して本件プールにきて飛込台附近のプール内で子供達の監視に当つていたところ、午後〇時三〇分ころ、子供に教えられて飛込台附近のプールの壁面近くに沈んでいる亡健吾を発見し、直ちに亡健吾をプールサイドに引き揚げ、急を知つて駆けつけてきた当時監視台にあつたアルバイト学生高島征次、控訴人会社の北岡茂らとともに人工呼吸を施し、更に救急車がきて酸素吸入を施したが、遂に蘇生せず、〇時四五分過ころには医師西原康雄も駆けつけたがなす術もなかつたこと。

5  亡健吾が前記本件プール内で発見された当時、控訴人会社の監視員は昼食のためか前記北島ほか三名位がこれに当り、右のほか前記熊野ほかその同僚二名も監視に当つていたが、それまでに亡健吾に気付いたものはなく、亡健吾が子供用スベリ台のところを去つて水死体となつて発見されるに至るまでせいぜい一〇数分を出でないこと。

以上の事実が認められる。

而して、右認定の、亡健吾が子供用スベリ台のところを去つて水死体となつて発見されるまでの時間が一〇数分を出でないこと、子供用スベリ台と右発見箇所との距離が八〇メートルを下らず、この間プール内は芋の子を洗うように混雑し、五才の子供がプール内を歩行進行することは容易でなく、かつ前記のような監視体制下にあり、監視の目はプール内に向けられていたであろうのに亡健吾に気付いた者はいなかつたこと、亡健吾が水死体となつて発見された箇所が本件プール西北側の壁面に近いところであつたこと等を合せ考えると、亡健吾は、プール内から一旦出て、西側のプールサイドを通り、前記ロープを潜り抜けて危険区域とされていたところに入り、水死体となつて発見された箇所近くのプール内に、自ら入るかあるいは誤つて落ち込むかしたものと推認するのが相当である。

ところで、本件プールは大人から全く泳ぐことのできない幼児までも入場の対象としていたものであるから、危険回避能力の乏しく全く泳ぐことのできない幼児の安全をも保障しうるように設置管理されなければならないことはいうまでもないところであり、泳ぐことのできない幼児等がプールサイドを通つて前記控訴人において指定していた危険区域に進入することは容易に予想されるところであるから、この部分の往来を完全に遮断する設備を設けるか、この部分についての監視体制をととのえるかして事故発生を未然に防止すべき義務があるものというべきところ、控訴人はその設備をなさず、その往来が殆んど自由に近い状態であり、その監視体制が十分でなかつたことは前記認定の事実から明らかであり、この点において控訴人に本件プールの設置管理についての瑕疵があり、他方被控訴人らは、泳ぐことのできない幼児三名を連れて本件プールに入場し、本件プールの構造、混雑状態は一見して分るはずであるから、子供の行動を絶えず監視し危険の発生を防止すべき義務があるのにこれを怠つた重大な過失があるものというべく、本件事故は右両過失の競合によつて発生したものであつて、その割合は、前記認定の事実関係のもとにおいては、控訴人三、被害者側七と認めるのが相当である。

三次に損害について判断する。

1  亡健吾の逸失利益

亡健吾が本件事故当時五才であつたことは当事者間に争いがないところ、亡健吾がもし本件事故にあわなかつたとすれば、一八才から六〇才に達するまでの四二年間稼働して通常の男子労働者と同等の収入をあげることができた筈である。

而して、昭和四八年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者の一八〜一九才の産業計、企業規模計の平均給与額(きまつて支給する現金給与額十年間賞与その他特別給与額)は年間八一万〇、二〇〇円である。

したがつて、亡健吾も四二年間右同額の収入をうることができ、その生活費等は収入の二分の一とみるのが相当と解するから、右を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除して現価を算出すると三七四万三、〇八三円(円未満切捨)となる。

数式 405.100円×(18.6334−9.3935)=3.743.083.49

2  原審における被控訴人川原延之本人尋問の結果によれば、被控訴人川原延之は亡健吾の葬儀を行い、そのため相当の費用を支出したことが認められるところ、右費用のうち本件事故と相当因果関係のある支出は二五万円をもつて相当と認める。

3  過失相殺

前示1の逸失利益、2の葬儀費について前記認定の割合による過失相殺をすると、1の逸失利益については一一二万二、九二四円、2の葬儀費については七万五、〇〇〇円となる。

4  慰藉料

亡健吾の死亡による亡健吾自身及び被控訴人らが被つた精神的苦痛を慰藉するには、本件事故の態様、過失割合その他諸般の事情を勘案し、亡健吾については六〇万円、被控訴人らについては各四五万円をもつて相当と認める。

5  弁護士費用

被控訴人らが本件損害賠償訴訟の遂行を弁護士上田国広に委任し、その報酬等として相当の出費がなされたことが推認されるところ、そのうち本件事故と相当因果関係にある損害としては、被控訴人両名とも各一五万円をもつて相当と認める。

6  相続

被控訴人らが亡健吾の父母であることは当事者間に争いがなく、被控訴人らが前記認定の亡健吾の損害賠償請求権を二分の一宛、すなわち八六万一、四六二円宛相続したこととなる。

7  以上により、控訴人は、被控訴人川原延之に対し一五三万六、四六二円、被控訴人川原美智子に対し一四六万一、四六二円及び右各金員に対する本件事故の日である昭和四七年八月六日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

四してみると、被控訴人らの本訴請求は右認定の限度において理由があるからこれを認容すべく、その余は失当として棄却を免れないから、右と趣旨を一部異にする原判決を変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 美山和義 松尾俊一)

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